東京地方裁判所 平成7年(行ウ)83号 判決
原告
大渡規功(X1)
同
小西徳雄(X2)
同
田原光美(X3)
同
松村民雄(X4)
右原告ら訴訟代理人弁護士
稲垣隆一
被告
東京都知事(Y) 青島幸男
右指定代理人
友澤秀孝
同
宮本治樹
同
野口健
同
鈴木朗
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 行政事件訴訟法九条にいう「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数の者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右法律上保護された利益に当たると解すべきであって、その判断に当たっては、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関連規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置付けられているとみることができるかどうかによって決すべきである。換言すれば、右判断基準に立って解釈した場合において、当該行政法規の定める処分要件(許可基準)が、専ら公益保護の観点からのみ定められているとき、すなわち、右処分要件を設けることによって保護されるべき利益を、単に不特定多数者の利益全体を包含する一般的公益ととらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する利益に制限を課しているときには、右不特定多数者個々人の具体的利益は、右公益の保護を通じて付随的、反射的に保護される利益にすぎず、かかる利益は法律上保護された利益に当たらないと解されるのである。
二 本件訴訟は、都市計画法五三条一項に基づく本件許可処分の取消しを求めるものであるところ、同項に定める都市計画施設の区域内における建築の許可は、当該許可を受けた者に都市計画施設の区域内において適法に建築物の建築を行う(ただし、建築基準法に定める建築確認等を別途必要とすることは当然である。)ことができる地位を取得させるものであるが、右許可の相手方以外の第三者、たとえば、当該建築物の敷地に隣接して居住する者に対しては、右許可の本来的効果として、その所有権その他の権利、利益を直接侵害したり、そうした権利、利益の制約についての何らかの受忍義務を課するものでないことは明らかである(なお、原告らは、本件建物の建築によって日照、通風等の利益や本件土地を地域の広場として利用してきた利益等が害され、原告らの人格権及び環境権が侵害される旨主張するが、仮に、本件建物の建築という事実によりこうした利益が害されることがあり得るとしても、それが本件許可処分による本来的効果ということはできないし、本件建物の建築という事実によって原告らの人格権等が受忍限度を超えて侵害されるときは、民事上の請求をなし得る余地があるのであり、本件許可処分が、そうした利益の侵害について原告らに受忍義務を課するものでないことは明らかである。)。
そこで、さらに、本件許可処分の根拠規定である同法五三条一項の処分要件が同項の建築許可に係る建築予定地の近隣住民等の個別的利益を保護することを目的とするものか否かについて検討する。
都市計画法は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とするもの(同法一条)であり、右目的の規定の仕方からすれば、同法の目的が専ら公共の利益の実現にあることは明らかであり、同法が一般的な公益としての都市環境等の保護の実現という域を超えて当然に個々の住民の個別具体的な環境上の利益の保全を目的とする趣旨を含むものとは解し得ない。ところで、都市計画施設の区域内において、建築物を建築する場合には、将来の都市計画事業の施行に際し、右建築物の除去が困難となったり、莫大な補償の必要が生じたりして、都市計画事業の施行に支障を来すことが考えられる。そこで、本来、建築物の建築は、原則として建築基準法による制約のみを受けるものであるが、右の支障を未然に防止し、もって、右事業の円滑な施行を確保することが必要となる。同法五三条が、都市計画施設の区域又は市街地再開発事業の施行区域内において、建築物の建築を原則として許可制によることとし、その建築行為につき、建築基準法による制約とは異なる制約を課している趣旨は、この見地にでたものであると解される。そして、同条一項の建築許可については近隣住民の個別的利益保護につながるような手続規定は見当たらず、同項ただし書が定める建築許可を要しない場合の例外規定や同法五四条が定める必要的許可の基準からみても、同法五三条一項の建築許可の基準に近隣住民等の特定個人の個別的利益の保護を顧慮したような具体性があるとはいえず、都市計画法のその他の規定及びその関係法令をみても、都市計画法五三条一項の建築許可に際し、右許可に係る建築予定地の近隣住民の個別具体的利益を直接保護していることをうかがわせるような規定は見当たらない。そうすると、同法五三条の許可制は、都市計画施設の区域内等の建築物の建築を一般的、無条件に許容するときは、将来の都市計画事業の円滑な施行という公益の実現が阻害されることにかんがみ、これを都道府県知事が公益的見地から行う裁量行為としての許可制とし、公益の保護の具体化を都道府県知事の裁量的判断にゆだねたものと解されるのであって、右許可制が、近隣住民等の個別的利益の保護という別個の見地から、許可基準を都道府県知事の裁量にゆだねたものと解することはできない。また、本件許可処分により、本件都市計画決定における都市計画施設の実現に困難が生ずることがあるとしても、将来の都市計画事業の実現による良好な都市環境の形成等は一般的な公益の実現という域を出るものではなく、同法がそうした公益の実現という域を超えて当然に個々の住民の個別的な環境上の利益の保全を目的とするものでないことは既に述べたところである。
したがって、原告らが本件許可処分によって害されるとする本件建物の敷地の近隣住民の環境上の利益は、一般的公益の保護を通じて、付随的、反射的に保護される事実上の利益にすぎないものであり、法律上保護された利益ということはできないものといわざるを得ない。
三 これに対し、原告らは、都市計画法五三条の位置付けを検討するに当たって、憲法及び都市計画法の諸規定との関連をも考慮すれば、同条一項の建築許可が、右許可を通じて原告ら個々人の個別的利益をも保護する趣旨であることは明らかである旨主張する。
まず、原告らは、憲法一三条及び二五条によって人格権及び環境権が保障されており、都市計画法二条及び三条の総則的規定に同法一六条及び一七条をあわせ読めば、同法は、都市計画、都市計画施設内において形成される環境のみならず、これによってその周辺住民等のもとに形成される自然環境的な利益も都市計画によって確保されるべき健康で文化的な都市生活と機能的な都市活動の内容としており、都市計画、都市計画施設内の住民及びその周辺住民等は、これを憲法上の人格権及び環境権の内容として享受し、これを侵害されない権利を有する旨主張する。
しかしながら、原告らの主張するような人格権ないし環境権が憲法上保障されている権利かどうかはともかく、憲法上その権利が保障されているということだけから、当然に都市計画法五三条一項の建築許可に当たって個別的利益としてその保護が考慮されているということはできないし、当該許可によって侵害されることが予想される法益が個人の生命、身体の安全等といった一般的公益に吸収解消され難い重大な法益であり、当該許可によりそうした法益が直接的かつ重大な被害を受けることが想定されるような場合は格別、原告らの主張する環境上の利益といった法益の性質そのものから、それが行政法規において当然に個別具体的利益として保護されていると解釈すべきものとまでいえないことは明らかである。そして、同法二条の規定する健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動の確保という都市計画の基本理念や同法三条の規定する国、地方公共団体及び住民の責務も、右各規定の文言自体や同法一条に定める同法の目的に照らせば、同法が一般的な公益としての都市環境等の保護の実現という域を超えて、当然に個々の住民の個別具体的に環境上の利益の保全を目的とする趣旨を明らかにしているということはできないものといわざるを得ない。また、同法一六条及び一七条は、都市計画の策定の過程において公聴会の開催等や都市計画案の縦覧等の住民参加の方法を規定しているが、同法一六条及び一七条がそうした住民参加の方法を規定した趣旨は、都市計画が、都市の住民に対し広範な権利規制を要求するものであり、そうした都市計画の策定に際し、住民にその意義の徹底を図り、かつ、その利害についての意見を尊重することによって、都市計画の策定を適切なものとし、住民の賛意と協力を得て、こうした私権制限の実効性を万全なものとするためのものであると解されるのであり、右のような住民参加の方法が規定されていることをもって、都市計画法が一般的な公益の保護とは別に個々の住民の環境上の利益の保護を目的とするものとは解し得ないし、右各規定が、同法五三条一項の建築許可に際し、近隣住民の個別的な環境上の利益の保護のための手続規定であるといえないことは明らかである。
なお、これに関し、原告らは、本件許可処分により、同法一六条及び一七条に規定するような都市計画法上の参加の利益をも侵害される旨主張するようであるが、同法一六条及び一七条の趣旨は前示のとおり、都市計画による住民の私権制限の実効性を担保するという点にあり、同法五三条一項の建築許可は、そうした私権制度を解除するものにすぎず、右許可の手続については、近隣住民の参加等を定めた規定は存しないのであるから、本件許可処分によって、原告らの法律上保護された利益が侵害されるものでないことは明らかである。
また、原告らは、同法五三条一項ただし書の建築の許可を要しない場合の例外規定や同法五四条の必要的許可基準についての規定から、同法五三条一項の建築許可に当たっては近隣住民の人格権及び環境権が許可要件として考慮されている旨主張するかのようであるが、同項ただし書及び同法五四条の規定からすれば、許可を要しない場合や必要的許可をすべき場合として掲げられているのは、非常災害のため必要な応急措置として行うもの(これ自体は、将来の都市計画事業の施行の支障の有無にかかわらず、制限することが不相当な場合を規定したものであり、そうした場合の環境上の利益の侵害の程度が低いなどというような趣旨によるものでないことは明らかである。)を除いては、当該都市計画事業の施行自体に相当する行為、簡便な行為や当該建築物の移転、除去が容易であるものなど、専ら将来の都市計画事業の施行に当たっての支障の有無、その程度という点に着目した要件であることは明らかであり、近隣住民の人格権ないし環境権の保護という観点から定められた要件と解し得ないことは、その文言からも明らかである。
さらに、原告らは、同法五五条が同法五四条の必要的許可基準に該当する場合でも同法五三条一項の建築許可をしないことができる場合を規定していることをもって、人格権及び環境権の保全、実現のための規定であるかのような主張をするが、同法五五条は、同法五四条の必要的許可基準に該当する場合であっても、都市計画事業が極めて近い将来に行われるとか、特に用地の先行取得を要するとかいうような場合には、事業の円滑かつ迅速な施行を図る見地から、建築制限を行い得ることを規定したものと解すべきであり、同法五五条からは建築の許可申請地の近隣住民の個別具体的な環境上の利益の保護という趣旨を読み取ることができないことは明らかである。
結局、原告らの主張するような近隣住民の環境上の利益というものは、同法五三条による建築の制限という私権制限の結果として生じているものというべきであり、それ自体は、都市計画施設の区域内において私権の行使を制限したことによる反射的な利益にすぎず、原告らが主張するような法令の規定をみても、そうした利益が一般的な都市環境の保全というような一般的な公益の保護を通じて保護される場合のあることは格別、別途そうした個別的具体的な利益をも保護する趣旨を読みとることはできず、原告らの主張は理由がないものといわざるを得ない。したがって、原告らは、本件許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものとはいえないというべきである。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹田光広 岡田幸人)